第七章 瀧、ファッションショーをする第七章 助左衛門女房・瀧、安土城でファッションショーをする(1) 安土城天主の二階の能舞台に、光が点灯された。十二の光源(強盗提灯)から発する赤、青、黄の三色があちこちから交差して、不思議な空間が作りだされていた。すでに楽器の演奏者たちは、舞台の右手の奥に座っていた。満場の観客は固唾を飲んで、成り行きを見つめていた。水を打ったような静けさである。 人の視線にこもる熱気はこれから始まるショーを期待して熱い程舞台に伝わっていた。信長殿は舞台真正面の花鳥の間にお市の方と並んで座っている。賢人の間、麝香の間、仙人の間には御家来衆が座っていた。やがて、インディアの音楽が流れはじめた。サーランギ(弓奏楽器)の不思議な、くねくねとくねるような、少しづつ麻薬で頭がしびれていくような音がゆっくりと進み、シタール(弦楽器)の低いドゥワーンという音がからみはじめ、だんだんいい気分になっていくようだった。 そこへ、タブラ(注1)の軽快なリズムが加わって、舞台に踊り子が現れた。 最初は夏物の衣装から始まった。ジャワやシャムの木綿の更紗、白地に唐草模様、篭目模様、黄地に格子、菱格子、赤地に花鳥模様のもの。小袖に仕立てあげられて、踊り子の先陣を瀧が務めた。その、なまめかしい踊りに助左衛門は眼を丸くした。彼は、瀧の踊る姿をかつていままでに一度も見たことがなかった。胸がどきどきして、改めて、瀧への愛を深くした。踊り子たちはかろやかに着、踊り、次から次と出ては消えた。彼女たちのヘヤーは高く結い上げられ、三角形をしていた。 そして、音楽が変った。蛇皮線の静かな、しっかりした音が流れ始めた。その旋律には、海の浜に寄せては返す波の、遠い響きが感じられた。潮の香りすら漂ってきそうな曲である。琉球の、浅葱の麻地の大きな松葉などの模様を描いた大胆な絵柄の紅型(びんがた)をはじめとして、黄地、藍地などのいろいろな琉球の衣装を着て、頭には赤い花笠を赤い紐でアクセントをつけ、赤い足袋をはき、踊り子たちは蝶のようにかるがると舞った。心地の良いリズム、宙に浮いているかのような気持ち良さ、信長の殿を始めとして、観客たちはただうっとりして、ショーを見ていた。踊り子たちは、目から下は布で顔を隠しており、なまめかしい踊りとともに一層の効果を引き出していた。 それから、またインディアの曲に変った、秋・冬物の、錦や、綾、紅羅に皮革の袴や肩衣などで、最後は、男物の南蛮服を着て、群舞で床を踏み鳴らし、締めくくった。 終わった瞬間、拍手が沸き起こり、なかなか鳴り止まなかった。 助左衛門は舞台の袖からちらちら舞台を見たり、西王母の間から広縁を通って納戸に戻って、着付けや化粧、髪結いを見たりしてただうろうろするだけだった。他にすることもなく、腰が落ち着かない。しかし六兵衛はもうずっと、納戸にいて動かなかった。眼をつぶって耳から得られる感触だけで感動を我が物にしていたようだった。舞台の回りから大きな拍手が沸き起こったのを聞いて、終わったのを知った。 「やれやれ、やっと終わったか」 なんだかほっとする気分だった。そのとき、広縁を三つの影が走った。 「うん?」 助左衛門は六兵衛の方を見た。六兵衛はもう行動を起こしていた。近くにあった衣装かけの棒を持つなり、その影に投げつけた。そして、大音声で叫んだ。 「おのおのがた、曲者でござる」 (続く) [注1=タブラ=手で打つ二個の音の違う太鼓] ジャンル別一覧
人気のクチコミテーマ
|